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【特集】Now or Never 公開記念 トラック・ミックス担当 村上ヒデキ雑記

  • 執筆者の写真: 村上ヒデキ
    村上ヒデキ
  • 2019年5月29日
  • 読了時間: 9分

本題に入る前に、かるく自己紹介しよう。


私は村上ヒデキ。今年37になる。若手でも中堅でもない…いわゆる売れない人である。10年近くネットラップに、そして音楽には20年近くたずさわっているが、才能もなく、ただただのんびりと日々を流れのままに過ごしてきた。


で、本題。SICKHACKさんから『Break down wall』のアレンジが終わった直後あたりに、依頼をいただく。


「今度のは大物が控えていますのでしっかりとおねがいします」


……? なにを言ってるのかがさっぱりわからなかった。大物って言われても、あまりピンときていない。のちのちになって気づくが、この時点で山田マンさんは決定していた。SICKHACKさんの気合は尋常じゃなかった。それがメールの文体ぜんぶから伝わってきていた。


しかし、そもそも最初は違うトラックを担当する予定だった。洋画のサントラにドラムなどをつけたアレンジ。『Break wall down』といっしょのアレンジとして担当するつもりだった。


しかし、出来上がってからSICKHACKさんの顔がくもる。


「著作権…どうしましょう」


たしかにサンプリングは著作権の格好の標的。しかも今回は洋画のサントラをほぼまんま使いするという計画だったため、著作権やばいかも、と話題になった。私は「大丈夫。その曲はYoutubeでもあがっている。Youtubeでの使用権フリーのところでも名前がある」と答える。しかし、この段階で調べるうち、ニコニコ動画はサンプリングに超厳しいこと、トラックのREMIXは著作者本人に確認をとらなければならないことなどがハードルになることが見えてきた。


そういったことを何通かメールしたときに、はいたSICKHACKさんの言葉をおぼえている。


「参加者の方はトラックを気に入っておられて、でも著作権が心配で…。どうしましょう」


企画者にどうしましょう、と言われても…。私は依頼される側であって、相談相手ではない。…しかし脳の提案はひとつだった。


「村上ヒデキがオリジナルで作ります。それなら著作権も大丈夫です。いかがでしょうか」


「は? 作るの?」と理性は言った。今は出来上がっているから、冷静に第三者視点で当時をみられるので、改めて判断すると「無理」な案件だった。


条件としては2つ。


①洋画のサントラと同じ雰囲気のもの ②大物の方を満足させられるもの


どちらも高いクオリティが求められる。経験上、こういった案件はハードルが高すぎるので、断ったほうがよい。

しかし脳みそはオリジナルで作ると判断した。チャンスだと勘違いした。そう、勘違いしたのだ。それは結果的にチャンスであっていたので、勘違いではなかったのだが、判断点のスイートスポットは外していたようにおもう。


で。


製作に取り掛かるわけだが、洋画の曲は宇宙的なストリングスとギター、ピアノがロック調にまとまる、すばらしいトラックだった。こんなトラックはやったことがない。


とりあえず持っている著作権フリーの音源からオーケストラをひっぱってくる。イメージはオーケストラよりもビッグバンド。あと経験上こういうのは鐘を鳴らしておくとスケールがおおきくなる。さらに宇宙っぽい環境音をならして、ドラムを足す。この段階で、現在の出来上がりとほぼ変わらぬイントロの出来上がりである。


そのイントロの調子で全体を作ったのだが、SICKHACKさんからは難色を示された。なにかが違うらしい。なにと、というと洋画のサントラとくらべてである。おそらく、もっとパンチが必要だったんだとおもう。


では洋画のサントラと近づけるために、ベースを譜面化して、ピアノの低音で鳴らす。ピアノにはディストーションも加え、また高音でうっすらとギターをカバーしておく。出来上がりのベース部分が出来上がった。


この段階でSICKHACKさんは行けると踏み、全体のメンバーおよび人数を提示。仮段階でいいから作ってほしいと依頼。


メンバーをみて、心臓が跳ね上がった。あの人も、あの人も…有名な人がたくさんいる。そのメンバーは…みなさんご存知のとおりである。

え、本当にこれ作っていいの? …そんな疑問に答えるように、SICKHACKさんは依頼文に続けた。


「メンバーのみなさんも村上さんのトラックを気に入っておられますので」


…このメンバーが? 自分の? まさか! とは思えど…直接メンバーに、気に入ってます? ねぇ? 本気で? とは聞くわけにはいかず、作業続行。


アレンジと同じ感じでベース部分をコアとして、ストリングス、ドラムパターン、フィル…そういったもののさしぬきを行った。仮段階のトラックができた。


これで一旦預かる、とSICKHACKさんが言ってくださった。よくよく考えればこの段階でアカペラが帰ってきて本格的なアレンジが待っていることに気づくべきだった…。


アカペラが揃い始めた。当初の企画書からは〆切ギリギリになっている。間に合うのか…という心配があったがミックス作業開始。


さて、ミックスをするにあたって全員のアカペラをとりあえず並べなければならない。並べて、いわゆる仮ミックスという段階にして聞く。まだメンバーは歯抜け状態であった。が、


「………すげぇ……」


この時点ですごいクオリティに仕上がっていた。結果それは全員のアカペラが揃ってもその印象は変わらなかった。ただただ、すごい。なにもしなくていいじゃないか。いや、むしろなにかしたほうが邪魔じゃないか、とさえ思えた。


違う、ミックスは必要だ。やってみて不要か必要か決める。今までもそうしてきた。

そしてミックス作業にうつるのだが……おもしろい! 数々のミックスをこなしてきたが、


なぜ、こんなにおもしろいか、というくらいに、時間が楽しくすぎていく。


理由はかんたんで、アカペラがものすごくしっかりしているので、どう味付けしても、すごいものに仕上がる。いわゆる素材の味だ。しょうゆをひとたらし、という程度にエコーをつけてもいいし、ガッツリ中華風に、という程度にプラグインを多重にかましてもいい。どうやってもうまい。


そして次第にアカペラが整っていくにつれ、アレンジ欲がメラメラと。「アカペラでドヤ顔しているのに、なぜここでいらない音がなっている?」といったことや「次のひとにつなげるため、ここは落とすけど後半盛り上げる…!」といったこと。そういったことをアカペラにあわせ、ひとパートごと全部に手を掛けていく。


途中でひらめくアイデアもあった。「仮トラックにはなかったけどこんなんどうですか?」とSICKHACKさんにいうと「ぜひ! ではこことここに…」というように話が弾む。順調に完成を迎えるように思えた。


しばらく作業は詰めに入る。ここがものすごく長いわけだが、話としては長いのでカット。かなりの微調整になる。



さて、唐突だがSICKHACKさんからトラックについて、完全否定の意味の修正がかかった。


「すばらしいアレンジありがとうございます。そろそろ完成だと思われますが、しかしアレンジが完璧すぎます」


一瞬意味がわからなかった。「え? 完璧なら、いいんじゃ…?」。文章を読み進めていくと理由がわかった。


「アカペラが主役ではないので。もっと抑えてください」


……私は、この言葉を、ここ10年何度も聞いてきた。作品集を出すたびにラップを入れづらいと言われる。インストとしてスキがないのが原因である。そのくせが今ここになって出てきた。


ただ幸運なことにネガティブな修正はこの一点。あとはあれをチャレンジ、そしてこれをチャレンジ…と、SICKHACKさんを巻き込んで、まさに試行錯誤の日々だった。楽しい。ただスケジュールはすでに大幅に遅れていた。


さて、アカペラのミックスは…というと、新たな問題が発生していた。元々の仮トラックで作っていたアレンジだとピッタリのタイミングなのに、挑戦的にアレンジを変えた結果、0.04秒ずれる、という報告が多方面から上がる。感覚的な話になってしまい恐縮であるが、トラックにたいして、裏の裏でのるか、裏の表でのるか、という具合になる。聞いたときにそのアカペラが生きるか死ぬか、それほど重要なズレである。それが多方面。結果…死にかけながら修正。


アレンジはほぼ終わり、ミックスもほぼ終わり。「これでいかがでしょうか」とSICKHACKさんにチェックを投げたのが1月の終わり。最初の依頼からほぼ半年。そして…あとはみなさんの知るとおりである。告知があり、公開され、大変な反響を頂いた。

その大変な反響の中、ミックスとトラックの反応といえばもちろん…ほぼない。わたしはホッとした。


まずミックス。ミックスは裏方である。道路にたとえるなら、継ぎ目の段差でガクンと誰かがつまづくようなことがあっては行けない。1db単位でその調整は行われる。しかし今回は幸いなことに曲に違和感を抱いた方はいないようだ。


そしてトラック。半年間戦ってきた内容が9:41に凝縮されている。メンバーだけであれだけ濃い。そこからアクを取って、こまめにお湯やだしを足したりした、各人にオーダーメイドしたトラック。トラックの異様さに気づくのは1週間は遅れるだろう、と考えているのだ。


この記事があがって、この記事を読んでいただいてもまだトラックのどこが工夫にあふれているか、わかりきっている人はいないだろう。いや、いない。なぜそこまで言い切れるかというと、トラックを作った私もまだ理解をしきっていないからだ。


33人の出演者にあわせて作られた33パターン+アルファの伴奏パターン。パターンは順不同であるし、かなり流動的に作ったため、○○さんはC’+A’’の組み合わせ、と考えただけでいやになる。ぜひ考えないで楽しんでいただきたい。


……さて、裏話もそろそろつきてきた。今の話をしよう。


私は今10数件の依頼をかかえている。すべてSICKHACKさんのものではない依頼だ。てんやわんやである。その状態で『Now or Never』の公開を迎えたもんだから、さらにてんやわんや。整理がつかない。


〆切催促のメールは多方面からひっきりなしに飛んでくるし、依頼修正のアイデアもクライアントから四六時中飛んでくる。頭は放心状態だ。


しかしそれもあのとき脳が判断したチャンスを掴んだからだとおもう。このマイクリレーで様々な面がレベルアップした。自信もついた。やってよかった、と最終的には思えたのだ。

なお、このSICKHACKさんの依頼をこなしている半年の間に、劇団のお手伝いで劇伴を作曲(100数十曲)。MIX依頼をたくさんこなしたことを、胸をはって自慢させてもらう。去年の7月から今年の2月までに発表されたものすべてである。よくがんばったよ私。私はわたしを応援している。


というわけで最後まで読んでくださったみなさまには感謝しかない。そんなみなさんにクイズを出そう。


動画と違い、音的に仕掛けた小ネタはひとつしかないので、みなさんどこか探してほしい。


・救急車のサイレンがなっている箇所はどこか?

答えはもう音源で鳴っているので、耳の穴をかっぽじって探してほしい。

もう一度聴いて、見つからなければ何回も聴いてほしい。何回も何回も、しつこく何回も…。それこそ私が曲に取り組んできたように、何度も何度も。ぜひ。


○この場を借りて、スペシャルサンクス!(敬称略): マイクリレー参加者の皆様、RingSora、HENTAI☆BEATS、メトロ熊壱、ご依頼くださるクライアントのみなさま、リア友のみんな、劇団演陣、せかちゃんくるー、Twitterをフォローしていただいているみなさま、RT・ファボ・コメントしてくださったみなさま、今までもこれからも応援してくださるみなさま。


いつもみなさんありがとうございます。これからも何卒よろしくおねがいします。

 
 
 

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